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平成27年 第3回目「一金会」報告

2015/03/13

平成27年 第3回目「一金会」報告

日 時:平成27年3月6日(金)  17:00~19:30

場 所:ビア&グリル『THE OLD STATION』」

東京駅八重洲北口2階 北町ダイニング内 (電話)03-6256-0578

《出席者》
石井、金澤(16期)、関(16期)、畠山、小倉、平泉、竹村、戸田、田中(27期)
以上9名 (到着順、敬称略)

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『記 事』

 今日は何人と会えるかと期待し、ジャスト5時に会場に到着したところ、席は既に埋まり、テーブルには空のグラスが目に入った。一瞬時間を間違えたと想ったが、即、石井君が16期卒の関さん、金澤さんの2人を紹介してくれた。そして今日の経緯は、石井君を含め3人は春のシャンソン・コンサート(女性歌手が16名)を堪能し、時間が早かったが、まぁ一杯ということで、会を始めていたということであった。お2人は東京三菱、三井住友銀行で活躍したとのこと。海外にも相当興味を持っておられ、帰り際に是非次回の参加を促す。ということで、5時前には既に石井、畠山、小倉、関、金澤が席に着き、次いで平泉、そして田中(27期)、竹村、しんがりは戸田の9名の参加を得た。ここは新装となった旧ニュートーキョーの同じ場所である。前店とは違い店の中に小部屋(14席くらい)として仕切られ、雑音が遮蔽されているので快適である。若向きのピザや野菜なども食すことができる。お酒はこのところお互いが健康を気遣ってか量が大分減ったようだ。しかし、話は尽きない。まずは互いの健康に始まり、最悪の中学生の殺害ニュース、イスラム国の非情さ、中東諸国、アフリカの混乱、日本への影響、また国会の際限のない金の集め合いの無駄な論議、どのように終結するのか、不安さは募るばかりである。

 次いではやはり孫の話で和む。年少の孫であればなお更花がある。私もここ3週間は、孫の中学野球で都市間対抗戦が続き、柏、我孫子、千葉と遠征があり、来週はさいたま市の名門浦和学院高校のグラウンドで政令都市対抗戦が予定される。忙しさで歳のせいとは言いたくないが、長距離運転は身に応える。昨今の経済も話題の1つ。大企業の優雅さも利益の確保では大変のようだ。私も自営をしてみてその大変さは身にしみる。

 人の繋がりが今回参加の関さん、金澤さんを通じて畠山や旧桂城小学校の卒業の家族の旧知がいろいろと披露された。

 ついでに私事で恐縮であるが、我が家(平泉)で代々不思議に想っていたことが田山(勇)君が14期新年会に参加したことで解明できたことは14期会のお蔭と感謝したい。大館に帰郷した際には必ず先祖への報告を忘れまいと誓った。

 事の起こりは14期会の新年会の折、同席した岡本君と料理の金目鯛から、秋田の男鹿半島での鯛釣りの話になった。釣りには秋田針と言われ大館でしか入手出来なかったことで多くの方が大館に買い求めに来たらしい。私は鯛釣りをこよなく愛した秋田大学の杉山教授を中学時代に大館市内の「秋田針」の製造元へ何度か案内をしたことを話すと、隣の席の田山君が、それは自分の家で、裏で職人が製造していたことを鮮明に覚えているという。私は大館の下川沿の小林家(蟹工船を書いた小林多喜二の本家)で幼年期を過ごすことが多かった。小林家の当主の妻(勝)が私の祖父の姉で、そこも後継ぎがいないことから、その役目を私にと想っていたらしい。父の反対で私ではなく、3男の弟が後継ぎとなり現在に至っている。仏事やお盆の際には勝ばあさんより耳蛸になるほど聞かされていた。平泉家の代々言い伝えられている「田山家の墓は粗末にしてはいかん」と「秋田釣針の事」をふと想いだした。そこで田山君に「貴方の家族で平泉家の話は聞いたことがないだろうか」と問うと、「あるよ」とのこと。私より鮮明に記憶しているようであった。これで数代前に平泉家には後継ぎが出来ず、長女を田山家に嫁すとき、最初の男の子を平泉に戻す約束が成立し、結果最初の男の子は平泉の跡取りとなったことが判明した。当然、次男さんが田山家の当主となり現在に至っていることになる。平泉家と田山家は兄弟だったのがはっきりと分かった。田山(勇)君との関係は大館の平泉(勝)君や平泉(庄)君にも伝えるべきと心得た。

 ついでにもう一つ、下川沿の小林家の当主は当時東京電機大学の理事をしていて東京に在住していた。子供が無いことから親交のあった縁で鳥潟博士の妹(千代さん)を養女とした。後に千代さんに婿を取り跡取りとなったが、戦後、この縁は解消された。このことが鳥潟会館を訪ねた際渡されるパンフレットに記載されている、鳥潟家と小林家が親戚との由来である。私の姉は結婚するまで、私も大学受験の時から石田博英先生の書生になるまでの間ご厄介になった。千代さんは大柄の方で何事もてきぱきと明快な判断をされ、まさに才女、また戦後の女性初の事業家でもあった。

 最後に、田山(勇)君は14期なら誰もが知っているS女(旧姓O女)さんとは従兄妹の関係にある。S女さんのお父さんと田山(勇)君のお母さんは兄妹ということであった。田山君との関連が判明したことや此れもまた何かしらの縁である。人の繋がりは奥深い。

 いろいろと想いしながら今日の会はお開きとなった。

以上 (記:H.H)


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